切迫早産から一年

ふとちょうどこのころだったよなぁと思い出しました。

ヤプログにも書いた気がするけれど、今一度、思い出して書いてみようと思う。

 

 

その日は病院の両親学級の日で、暇つぶしで息子と二人で参加してきた。

周りは夫婦やお母さんと一緒に来ている人がほとんどで、子供と一緒に来ているのは私だけだった。

出産する部屋、入院できる部屋を見れるということで参加したのだけれど、当然のごとく息子はきょろきょろ。

 

最後はみんなで部屋に集まっていろいろ説明を受けているんだけれど、ぐずった息子をなだめるため抱っこしていたのがいけなかった。

 

途中でピーーンッ!という糸がはったみたいな痛みがおなかに走った。

多分、これが合図というか限界だった。

 

それから帰宅して痛みと疲れもあったので、息子とお昼寝したんだけれど、二時間とか三時間も経っても痛みが治まらない。

土曜日だったけれど、病院に電話をして時間外受診することに。

 

母親に息子を見てもらおうと電話したら、母と当時は存命だった父が来てくれて父が息子を見て、母が私を連れていってくれることに。

 

実は息子の妊娠のときも切迫早産でウテメリンというお薬を飲んでる経験はあったので、今回もそれかなーと危ないことではあるけれど軽くは見ていたのよね。

病院についたら、念のためと車イスに座らせられ受診室まで連れて行ってもらった。

 

そこで内診したところ、指一本分子宮口が開いています、と。

先生からは入院を、ただちに、すぐ、入院をとおすすめされました。

 

当然、息子のこともありますし実は旦那が社員旅行で不在のときでした。

どうしよう、と混乱していたところ母が任せておけ!と。

本当に母がいなかったらどうなっていたんでしょうね…。

 

それから本当にそのまま入院になりました、自宅に帰ることもなく。

なので入院の準備もしていませんでした。

出産のための入院の準備もまだ40%ってところでした。

 

それから19日間ほど入院して、臨月手前で退院しました。

いろいろ思うところはあるのですが、とにかく精神は安定しません。

他人の思いやりすらもやさしさとは思えない。

トイレぐらいしか動けない。

大部屋だったので、他にも患者さんはいらっしゃいましたがDSをやって暇つぶししていました。あと、基本的にいつも眠たかったのでほぼ寝てました。スマホもちょうど息子に壊されて使えなくなっているタイミングだったので。

 

退院してから思ったのは

  • 限度額適用認定証を発行しておいてよかった
  • 入院保障に厚い保険に入っておいてよかった

という二点ですね、家計的なところで言うと。

認定証があったことで、高額な医療費はだいたい後から申請して補償分が貰えるみたいな感じだと思うんですが、病院の清算時点で請求額からその補償分を差っ引いた額をこちらに請求されるので、高いお金を払う必要がなかった。

保険は入院保障を厚くしておいたので、保険会社に知らせたところさっきの病院に払った金額よりも多い額が保険金として手元に…。

 

なので、退院してからキッチンボードとオーブンレンジそれで買いましたからね!ちょっとはみ出ましたけれど。むしろ黒字。

 

切迫早産で入院なんて、子供の命がかかってるし、望んではならぬことですが医療費でびくびくしていたので本当に安心というか、よかったというか。ホッとしました。

子供も退院してから3週間目くらいに生まれて実に順調でした。

 

それがちょうどこの一年前くらいなのかと思うと、感慨深いです。

父のことも思い出すとほろりとします。

入院中は父と母のところで息子を預かってもらっていましたし。

 

人の生死を感じる一年でありました。

改めて、息子を、娘を、夫も私も母も妹も。

大切にしていきたい、そう思います。

そしてできる限り、思い出を残していきたい。

幸せな記憶を一つでも多く。

 

彼岸ですね。

もう娘は10か月だというのに歩いています。

お父さんに見せたかったなぁ。